奇人凡人の雑記帳

趣味とか投資とか、twitterに書きにくいことをこちらに書きます。毎週金曜更新目標(現在多忙のため月1の投資成績がメインです)

【誕生祭前日】とある福原遥ファンのここまでの12年

h05torです。

今年ももう8月27日ですよ。早くないですか?ファンイベからもう3か月以上経ってるんですね・・

今日は何の日かって?それは明日8月28日が私が単推ししている福原遥さんの誕生日で、その前日です。

 

というわけで今頃自己紹介的な記事として、私が福原遥さんのファンになるまでを含めたここまでの自分史みたいなのを書いてみました。

 

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 ■高校時代(2009~2011年度)

 

私が福原遥さんを初めて知ったのは2009年の秋ごろ(12年前!)だったと思います。分かる方には分かると思いますが「クッキンアイドルアイ!マイ!まいん!」っていうNHK教育テレビ(現Eテレ)の番組です。

 実は私2007年頃にまいんの前番組にあたる味楽るミミカも観ていまして(私自身はひとりでできるもん!世代ですwこっちも小学3年ぐらいまでみてました)、しばらく観ていたのですが、なんか1回忘れてから観なくなっていました。

それで2年ぐらいたったところで久しぶりにミミカ観ようかと思って17:40台にEテレ付けたら、ミミカとは別のアニメに変わっててなんか前より可愛い子がいるぞってなりました。(ミミカファンの方すみません)

         その新しく見たアニメで見たのがこの子です。

                   ↓

mine01

 この時は流し見だったので、キャラの名前は1回目では分からなかったのですが、何回目かで「まいん」という名前だと知りました。作中では基本的に「まいん」「まいんちゃん」呼びだったのでフルネームが「柊まいん」ってことは後日2chアニメのキャラで一番かわいいキャラを挙げるスレみたいなのを見てて知りました。

で、この番組実写パートがあるんですね。アニメパートでまいんが「ひらめききらめき♪」って言った後に実写パートに変わり、3次元リアルの女の子が出てくるのですが、途中から見始めたこともあって最初のうちはアニメと実写のつながりが分かっておらず、実写の方にも妖精ミサンガが出てきたり「まいん」って呼ばれていたので あ、これアニメの中の世界再現してるんだ、って気づきました。

この頃は実写の女の子って誰だろうって特に思ってはいませんでしたが、TVのリモコンから番組表を表示したら福原遥って書いてあり、そのときはふ~んぐらいの感想でしたが、何回目かの視聴でOPをよくみると

「まいん:福原遥」「キッチンはマイステージ 歌:福原遥

ってあったので、

えっ?あの子アニメの方もまいんの声やってるの!?しかもOPも歌ってるのすごくね!? 

って思いました。

 

とはいえ私自体が元々2次元側の人間なのでまいんの放送中はどちらかというとアニメの方のまいんの方に重きを置いていておりました。この頃は自分の中で

2次元まいん:3次元まいん=85:15とかぐらいの比率だったと思います。

そもそもこの頃は自分でも「福原遥」とあまり呼んでいなくて「まいん役の子」っていう概念でした。カラオケでまいん曲入れるのに歌手名検索で使用することが多いって感じでした。

2次元中心とはいえ、同時期に観ていたアニメのキャラは声優とかほぼ把握すらしていなかったので、まいんだけは中の人の存在感は突出してあったのだと思います。

すごく個人的な話ですが、中学入って以降ずっと学内で成績下位でZ会の模試で偏差値40とか出してたぐらい成績悪かったのですが、まいん見始めてから成績が上向きになり、現役で理科大は入れたところまで持って行けました。(なお、他に受けた大学は全滅の模様

これ、完全にまいんちゃんのおかげじゃね?

 

■大学1~3年時代(2012~2014年度)

 

そんなこともあり2012年、私は大学生になると同時にまいんの番組も4年目に入った。

この頃になると実写の方(現在の私が遥ちゃん遥ちゃん言って単推ししてる方)も大きくなってきて番組終わってしまうんじゃないかと懸念したが、4年目も続投となった。

1期目の途中から見始めた勢だったこともあり、初期の話を知らなかったので大学生になり自由にAmazonで買い物できるようになった私はまいんのDVDを少しずつ買い集めていった。

mine-dvd

(1期のだけここに写ってなかったw) 

 

4期目は実写パートの配分が多くなったこともあり、実写の方のまいんを目にすることも多くなった。また1期目でよく流れていた「待ち遠しいの」「きらめくカラフル」(途中から見始めた勢なのでこのあたりの曲よく知ったのは実はDVD買い始めた4期の頃)が4期バージョンとして登場し1期目と見比べ聞き比べしてたので、この時期になってようやく実写の方のまいん(福原遥さん)の方にも目がいくようになりました。

なめこのうたをリリースしたりピチレモンでモデルを始めたといった出来事もあり、まいんとしてだけでなく「福原遥」としての活動が多くなったこともあって、私が「まいん役の子」から「福原遥」に呼び方変えたのもこの頃だったと思います。

2013年にまいんの番組が終わってしまうのですが、DVDを引き続き買い進めたりして時間があるときに観ていました。

ちなみに新番組に変わる直前ぐらいにまいんのグッズがなくなる前にとNHKに飛んで、まいんのガチャとまいんのファイルを買ったということもしておりました。

 

クックルンになる前に駆け込みで手に入れた戦利品ですw

                                      ↓

mine-file

この頃もまだ基本的に2次元寄りで、写真集を買うというところまではなかったのですが、それでもまいん繋がりということは大きくて福原遥さんのニュースが目に留まれば見ていました。

4期やってた2012年度~2014年度まではだいたいこんな感じで、「2次元、柊まいん」:「3次元、福原遥」の配分は70:30ぐらいでした。まだ2次元寄りですが、2011年度以前に比べると福原遥さんの存在感が増してきました。(柊まいん以外のアニメキャラはほとんど キャラ:中の人が100:0だったのでこの時代ですら福原遥さんは格別だった)

またしても自分語りですが、この時期もまいんちゃんのおかげで学業成績は良かったほうです。この頃はこの事実を自覚していなかったのですがかなり後になって気づいてしまう・・・

 

■大学4年、大学院時代(2015~2017年度) 

 

ここまではパクス・マイン(まいんによる平和)ともいうべき平和な時期が続いたのですが、2015年で暗転します。そのため、2016年~2017年あたり自分の中でちょっと時間が止まっているところがありまして、情報が抜け落ちている期間です。

2015年というと私が大学4年になり研究室に配属された年ですが、大学3年までは講義ごとに教室は変わるし、受けている講義とかは必修科目はあるにしてもバラバラだし、基本的にずっと講義で授業中に隣の人とベラベラ話すとかもないので気が楽でした。

仲がいい友達はぶっちゃけ少なかったですが、休み時間に分からないところを教えあったり過去問を頂いたり、大学ネタで盛り上がったりとそんな時間が楽しかったです。

それでもひとつだけ話さなかったことがありました。それは私が柊まいん大好きであるということ。

確かに言わないようにしていたが、大学3年までは言わないことによってうまくいっていたと知った時はもう後の祭りだった。

なんかね、研究室ってずっと同じメンバーで毎日過ごして・・・

中高時代も大学も3年生まではある意味みんなバラバラでわざわざ周りを意識したり忖度したり(今思えばそもそも忖度する必要無い?)とか無くて周りにのノリに合わせようとつい自分の心に中に留めておくべきこと言ってしまうこともありませんでした。

 

 で、どういうことかというと、間違って話しちゃったんです。私が柊まいん大好きであると。

で、こうなるともうそういうふうに研究室の中でキャラが出来上がってしまい、さらに私も悪いことに「二次元しか興味ない」「私は二次元の10歳前後しか興味ないロリコンだ!」などとさらに自分自身を悪い方向に追い立てることを言ってしまう。

はっきりいって意味不明ですが、きっとずっと同じ環境で同じ空間にいる周りが自分より成績良いだけでなく遊びも詳しいしコミュ力もあったので「ガリ勉かチャラ男かのどちらかしかいないはずなのになんでもできるっておかしいよ!」とコンプレックスをこじらせてたが故に、いかに自分がネタ枠でクソであることを周りに発信する方向に持っていってしまったのでしょう。

そんな誰の得にもならないキャラを演じるつもりがついにそうなりきってしまった挙句、あるゼミ後の飲み会で、まいんちゃん(2次元の方)に関して聞捨てならないいじりがありました。

私自身は上で述べたようによくわからない何かになり果てていましたので私自身を嘲笑したりするのは何とも思わないんです。

でも人が好きなものをいじられたり変な呼び方されるのは我慢ならないんです。

その時思わず壁を思いっきり叩き、憎悪のこもった目で睨みつけたんだったと思います。そこから先は話したくないので書かないです。

 ただその日から2週間ぐらいは研究のこと考えずに無になっていると急に悲しくなり涙が出るようになりました。

 

自分で蒔いた種なのですがこんなことになってしまいました。

それからは自分からまいんちゃんのことを段々話さなくなりました。

私自身の変な振舞いのせいで一度「私=まいんちゃん好きで2次元しか興味なくてロリコンで・・・」みたいなのが周囲に広まってしまった以上、ここ(研究室)にいる間はまいんちゃんを好きでいるとまた同じことをしてしまうだろうと思い、またこれをこれから研究室に入ってくる後輩に広めてはいけないと思い、まいんちゃんに関するすべてのことを止めました。

 

で、だいぶ上の方に「2012年~2014年では2次元、柊まいん:3次元、福原遥の配分は70:30ぐらい」ってあるんだから柊まいんの方が0になっても福原遥の30があるんじゃないのって思われるかもしれません。そもそも柊まいんの時価総額が私のなかで断トツトップなんだから、その中で30ってだいぶ多いじゃんと。

確かに数字の上ではそうなのですが、結局当時の私は2次元主体だったため、「2次元の柊まいん」をテコにしてたため、柊まいんが落ちると福原遥の方の情報も落ちてしまう状態だったこと、3次元の方での運用の仕方が分からなかったということがあります。

実は「2次元の柊まいん」から「3次元の福原遥」にそのときに変えるという案もあったのですが、当時は福原遥=まいんちゃんというイメージが世間的にも強く、万が一研究室内でそのような話になったとき、「福原遥⇒まいんちゃん⇒柊まいん」という連想ゲームになってしまい、上に書いたことの繰り返しになることを恐れたというのもあります。

2015年はDVDだけでなくiPod miniを買ったこともあり主題歌や歌のレシピのCDを買い集め始めたところだったのですが、上述によりこれも止まってしまいました。

 

そんなこともあり2016年、2017年は空白期間となります。

この時期、実験の空き時間に論文を読まずにひたすらスマホ音ゲー、昼休みにゲーセン、また研究室でスマホ音ゲー、また帰り際にゲーセン、家帰ったら寝そべってゲームと堕落した生活を続けたうえ、大学院卒にもかかわらずまともに研究が進まず、学会発表も同期で私だけなしという有様で温情で卒業させていただきました。

 

こうして大学3年まで学業も含めてうまくいってたのはまいんちゃんのおかげだったんだ。まいんちゃんがいないと統制が効かなくなり堕落する。

ということに学生生活の終わり間際に気づいたのであった。

 

■社会人時代(2018年度) 現在の福原遥単推しな時代

 

2018年4月。私は大学院を卒業し社会人になる。(上記のように堕落して就活も1字面接で10連敗するダメっぷりだったが、なんとかある会社に拾われる)

研究室を離れ、先ほどの条件は満たした。また1からやり直す。

もう一度まいんちゃんで行く。

研究室でのことはすべてちゃぶ台をひっくり返し、なかったことにする。そもそも2次元だけでなく福原遥さんへの関心も増している途上だった。

まいんちゃんで私はうまくいっていたし、福原遥さんほどまいんちゃんと関係のある人物もいないのだから彼女でも問題ないはずだ。

また、福原遥さんが主演の「声ガール」が丁度はじまった。元々プリキュアもそこそこ見てたので内容的にもとっつきやすかった。

新社会人の私、史上初めて3次元である「福原遥」を推すことにしたのである。

 

まいん楽曲のCDを収集を再開、実は今まで購入していなかったまいんのファンブックも新社会人の4月に買った。

一度本格的に福原遥さんを推し始めた結果、それがますます彼女への興味につながりさらに彼女に関する情報にアクセスしようとする欲が湧き、google福原遥と検索することが多くなった。

そしてこの年の8月、ついに写真集「これから。」を購入することにした。ついに私は写真集にまで手を出すことにしたのである。

また写真集のイベントで福原遥さんに会える、握手会があることを知った。

まいんの頃から知ってる方であるとはいえ、本格的に推し始めたからまだ半年もたっていなかったこともあり、こんなに簡単に会えていいのか、などと色々考えしばらく考えていた。

握手会の前日の9/7になってようやく決意が固まり、買うの遅くなってしまったのでチケットに残りがあればと会社の帰りにダメ元に買いにいった。

幸いにもチケットを買うことができました。

これによって明日以降の運命は決定した。

そして2018年9月8日、ブックファースト新宿店のイベントブースにて私は初めて本物の福原遥さんと対面した。

この時の私は何を話したら良かったなどというのを持ち合わせていないので大したことは話せてなかったのだと思うが、握手もできたしツーショットチェキも撮って頂いた

自分にとってはものすごく大きなことをしてしまったのだろう。

今、福原遥さんを全力で推す自分はこの日から始まりました。

 

また2018年はこれで終わりでなかった。秋の学園祭シーズンになり、福原遥トークショーが比較的近所にある早稲田大学東京理科大学の学園祭で開催されることになった。

特に東京理科大学は私の出身校なのでトークショーに向けた思い入れは深かった。

とにかく写真集イベントで初めて対面してからほんの2か月でまた会えるのだ。

この年2度の学園祭でのトークショーを経て、ますます福原遥さんのファンになりました。

2018年の終わりから2019年にかけては「これから」よりも前に発売されていた写真集も購入し、過去の出演作を調べたりするなど2016~2017年の空白期間を埋めようとしました。

「福はる」や「はる茶会」といったファンイベントが以前行われていたことを知ったときは、「もっと前から推していれば良かった」と思ったりもしましたが、幸いにも2019年の3月に「福はる2019」が開催されることが決まったのでその時は歓喜しました。

単押しを名乗り始めたのもこの時期だったと思います。(もともと柊まいんの方に重き置いてた時代は推しという言葉すら使っていなくて、完全にtwitterの影響)

 

2019年は福原遥さん関連のイベントが多く開催され、私自身も福原遥さんのファンとして定着した頃だったので最も現場に足を運びました。

前述の福はる、主演映画「4月の君、スピカ」の舞台挨拶、歌手デビューからの「未完成な光たち」のリリースイベント、神奈川大学成蹊大学の学園祭トークショーとたくさん足を運びました。(専修大の学際トークショーもあったが、資格試験と重なって行けなかった(´;ω;`))

出演作も「3年A組」「コーヒー&バニラ」「チート〜詐欺師の皆さん、ご注意ください〜」など充実していました。

世間情勢も良い時期であり、コロナ禍の今から見ると、またいつかこの頃に戻ってほしいと思える年でした。

 

そして全世界が新型コロナに襲われた2020年、イベントが悉く中止・延期となり一転して一度も会えずに終わりました。

しかし、「透明クリア」「風に吹かれて」と新曲のリリース、「ゆるキャン△」と話題は尽きず、リモートでのイベントで名前を読み上げてくださったりとファン想いでサービス精神旺盛な福原遥さんのおかげで、コロナ禍の重苦しい空気も吹き飛びました。

この年の最大の収穫は、youtube福原遥とふくはらはるか」がスタートしたことです。毎週様々な企画に挑戦する福原遥さんに楽しませていただいております。

なかでも歌ってみた企画は要注目です。

 

そして2021年、今日にいたるまでyoutubeに「ゆるキャン△2」に「IP~サイバー捜査班」と、快進撃を続けております。

そして私が福原遥さんを「福原遥」として推し始めてから4回目の誕生日を迎えようとしています。

 

ここまでが私にとっての福原遥さん史であります。

 

 

そもそも私は福原遥さんのどんなところが好きなのかって?

答えは「全部であるが、あれだけ推しているのに自分でもはっきりとは説明できない」である。

確かに福原遥さんは可愛いし性格も良いし役者としての演技力も高いし努力家だし人としても出来上がっているし非の打ちどころがないと少なくとも私は思う。

だが、それらが全てを言い表しているのではなければ、まいんちゃんだからということでもない。

何よりも私は福原遥さんを推し、応援することで幸せに感じられるからである。

また、社会人になって福原遥さんを推し始めてから何事もそれなりにうまくいっているような気がするのである。

私が高校1年の後半~大学3年のときにおける「まいんちゃんのおかげで~」が当時はまいん役の子として私の中で扱っていた福原遥さんでも同じ効果があった。いや、今思えばその「まいんちゃん」も「福原遥」だから絶対的なプラス効果だったのかもしれない。

もうこれは推しとかオタクとかじゃなくて宗教じゃんって思うかもしれませんが、「福原遥さんを推しているからそれなりにうまくいっている」という流れを継続するためにも堕落せず自己研鑽を怠らない所存であります。

 

何はともあれ明日8月28日は福原遥さんの23歳の誕生日です。

明日、福原遥さんが新たなステージへ踏み出し、さらなる飛躍へ向かうでしょう。

 

一日フライングですが、言います。

 

 

福原遥さんお誕生日おめでとうございます!